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伊豆八十八ヶ所霊場⑪

第80番 帰一寺

1301(正安3)年に開かれた寺院で、当初は帰一庵と称していました。 後に帰一寺と名称を改めます。 1848(弘化5)年に現在の本堂が建立されました。

第81番 宝蔵院

800(延暦19)年に、27歳であった弘法大師が伊豆で修行中に仁科を訪れた際、森の中で六条の光を放つ六本の巨木を見つけました。 大師はこれを六道衆生の苦しみを救済する地蔵菩薩に縁のあるものだと考え、ここを富貴野山地蔵金剛法蔵密院と名づけました。 後に57歳となった830(天長7)年に再びこの地を訪れ、庵を修復し、お堂を建て、密法修行の地としました。

第82番 慈眼寺

始祖といわれる復岩が1494(明応3)年入寂であることから、開山はそれ以前と思われます。 1644(正保元)年に再興されました。

第83番 東福寺

1233(天福元)年に仁科字浜に創建された寺院で、当初は天福寺と言いました。 1309(嘉元2)年に移転、更に1395(応永2)年に再興された際に真言宗から臨済宗へと改宗されました。 後に現在地に遷移し再建した際に、寺号を東福寺と改めました。

第84番 法眼寺

かつては仁科の安城山麓にあった法眼庵という小さな庵でしたが、海濤により大破、荒廃しました。享保年間にこの地を修行で通りかかった僧、幽厳が法眼庵と堂ヶ島の走嶋山長平寺の荒廃を嘆き、二院を合併して正島山法眼寺としました。

第85番 航浦院

和歌山からこの地に来た一族が菩提のために建立した寺院です。平成31年4月24日より、寺院の都合で別格第8番でしたが正式な第85番札所となる。

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